人生は「甘辛せんべい」みたいかな?


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人生には、
苦しいこと、悲しいこと、腹が立つこと、
いっぱいある中にほんのちょっとの喜びが
隠されていると思うんですね。




そうですね。
おせんべいであるじゃないですか。
甘辛なものが、ほらほら、あのお菓子。
塩味にほんのり甘みが加わって、
よりおいしいですよね。



人生も、甘辛せんべいみたいなものじゃないでしょうか?
駄目と思えばすべてダメなことに思えちゃうけれど、
見方を変えれば、いいもんだと思えるようなこと。



まほは入院中に、自分を叱咤激励する意味で
書いた詩があるんですよ。(2001/12・入院2年ごろ)



不自由だからこそ 
自由になりたくて


不便ゆえに 
便利さを求め


不幸であれば 
幸せを願い


人は 
一生懸命になる


すべてに於いて 
満足し
不足の思いが 
なくなったら
人は 
努力することを忘れ
便利さを追求した発明も
何もかも なくなる


楽しさからは 
何も生まれてこない
「苦」こそが 
人生をひたむきに
懸命に生き抜くための
師だと信じている



これって、すごい極論・・・ですよね。
でも当時の私はとにかく、
自分のこころを前に向かせることに
一生懸命でした。



がんばらないと、家に帰れなかったんです。
もういやというほど泣き、後悔と反省の毎日。
どん底まで行きました。
あとは這い上がるだけって思いました。



どんなに周囲が励ましてくれようとも、
まほ自身にその気力がないと
いけませんでしたからね。



そのまほの気力を支えてくれたのが、
家族や周囲のみなさんのやさしさでした。



そのやさしさというのは、
まほを置き去りにすることなく、
いっしょの歩幅で歩いてくれたことでした。



人さまの気持ちを想像するって、
それが当たる確率なんてごくわずかです。
誰にも、わかるはずがないのです。



人っていうのはやっぱり、
言葉にして伝えないと
相手には気持ちを理解されないんです。
だけど、言葉にするのを省いて、
うまくコミュニケーションが取れないと、
「どうして分かってくれないのか」
と腹が立ったり、
「きっと相手は自分をこう思ってるのだ」と勝手に先回りをして、
怒ったりして、結局、雪だるま式に
関係は悪くなっていくんです。


(SOSの猿、伊坂幸太郎) 

言葉にすると
お互いのきもちがよくわかることもあります。
その上で想像力を働かせて行けば、
素晴らしい思いやりの心が、
育つんじゃないでしょうか?
(逆に表現が怖くなり、何も言えないときも、
 まほにはあります。知れば知るほど、
 言葉をかけられないときが)



まほは健常者時代も経験したことがある、障害者です。
違う立場の人を結びつける「キューピット」に
なりたいと思いますよぅ。
だって、みなさんはいい方ですもん。
温かな「まなざし」(気配)を感じていますよ。
言葉はなくっても・・・。感謝です。